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東京高等裁判所 昭和57年(行コ)252号 判決

控訴人 桜井利行

被控訴人 山梨県知事

代理人 遠藤きみ 村松日出男 ほか四名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は、控訴人の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  控訴人

1  原判決を取消す。

2  被控訴人が昭和五三年五月一日付山梨県達南都地第三―二一号をもつて控訴人に対してした(1)原判決添付の物件目録記載の土地(以下「本件土地」という。)の転用にかかる一切の事業を停止すべき旨の命令(以下「本件停止命令」という。)及び(2)本件土地についての農地法第四条第一項の規定による昭和五〇年一二月二〇日付転用許可(以下「本件転用許可」という。)を取消す旨の処分(以下「本件取消処分」という。)を取消す。

3  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。との判決を求める。

二  被控訴人

主文と同旨の判決を求める。

第二当事者の主張

一  控訴人の請求の原因

1  控訴人は、その所有する農地であつた本件土地のうち、原判決添付の物件目録(1)ないし(4)記載の土地(以下「本件第一土地」という。)を農産物乾燥所及び同倉庫の敷地とし、同目録(5)ないし(8)記載の土地(以下「本件第二土地」という。)を右農産物乾燥所及び同倉庫への進入道路用地とすることを転用の目的として、昭和五〇年六月一五日付で被控訴人に対して農地法第四条第一項の規定による許可の申請をしたところ、被控訴人は、本件第一土地を農産物乾燥所及び同倉庫の敷地とし、本件第二土地を右農産物乾燥所及び同倉庫への進入道路用地として使用することとの条件(以下「本件許可条件」という。)を付して昭和五〇年一二月二〇日付で本件転用許可をした。

2  そこで、控訴人は、昭和五一年二月から同年四月頃までの間に、本件第二土地を道路用地に造成し、本件第一土地には多量の丸尾石、熔岩、土等を搬入して埋め立て工事をしてこれを宅地に造成し、同年三月二二日本件第一土地の登記簿上の地目を田から雑種地に変更した。

ところが、控訴人は、その後訴外株式会社京浜スクリーン(以下「訴外会社」という。)から本件第一土地を捺染工場用地として買受けたい旨の申し入れを受けたので、農産物乾燥所及び同倉庫を建築するという当初の計画を変更し、昭和五一年七月八日訴外会社に対して本件第一土地を売渡す契約を締結して、同月一五日訴外会社のために所有権移転登記をし、また、本件第二土地については、その頃訴外会社のために道路としての使用権を設定した。そして、訴外会社は、本件第一土地上に捺染工場を建築するべく同年一〇月頃その建築工事に着手し、同年中にはほとんどこれを完成して、昭和五二年九月五日、その保存登記を了した。

3  しかるところ、被控訴人は、昭和五三年五月一日、控訴人が農地法第五条第一項の規定による許可を受けないで本件第一土地を訴外会社に売渡してそこに捺染工場を建築させ又は本件第二土地について訴外会社のために道路としての使用権を設定しているとして本件停止命令をし、また、控訴人が本件許可条件に違反したとして本件取消処分をした。

4  しかしながら、本件停止命令及び本件取消処分は、次のような事由があつて違法であり、取消を免れない。

I 控訴人は、前記のとおり、本件転用許可を得て本件土地を道路用地又は宅地に造成し、適法に非農地に転用したうえで、本件第一土地を訴外会社に売渡し、本件第二土地について訴外会社のために道路としての使用権を設定したのであつて、右売渡し又は使用権設定の当時においては、本件土地は既に農地ではなかつた。したがつて、本件土地を訴外会社に売渡し又は訴外会社のために道路としての使用権を設定するについては、農地法第五条第一項の規定による許可を必要とする限りではなく、控訴人は、同法第五条第一項の規定に違反してはいない。

II 本件転用許可に付された本件許可条件は、控訴人が本件土地を所有している限りにおいて控訴人のみを拘束するものであり、その特定承継人にまでその効力が及ぶものではない。そして、控訴人は、前記のとおり本件土地を適法に非農地に転用したうえ、本件土地の主要部分である本件第一土地を訴外会社に有効に売渡し、控訴人には道路部分である本件第二土地の所有権しか残つていない。また、本件第一土地に捺染工場を建築しているのは訴外会社であつて、控訴人ではない。したがつて、もはや控訴人について本件許可条件への違反を問擬する余地はないものと解すべきであり、控訴人には本件許可条件の違反もないものというべきである。

III 本件停止命令は、控訴人に対し本件土地の転用にかかる一切の事業を停止すべき旨を命ずるものであるが、本件第一土地の所有権は訴外会社が有効に取得しており、そこで捺染工場を建築して事業を行おうとしているのは、訴外会社であつて、控訴人ではない。したがつて、本件停止命令には、本件土地における事業の事業主を誤認した違法がある。

IV 本件土地は、十年来休耕地として放置された柳と葦に覆われた荒れ地であつたもので、農業振興地域の整備に関する法律第八条の規定に基づいて定められた農業振興地域整備計画においても、農用地区域から除外されており、いわゆる農地転用許可基準(昭和三四年一〇月二七日三四農地第三三五三号農林事務次官通達)第一章第四「農地の区分」にいわゆる第三種農地に該当するものであつて、同基準によれば原則として転用が許可されるべきものとされている。したがつて、本件土地は、農地として保全する必要性がそれほど高いものではない。

他方、本件土地上には既に捺染工場が完成しており、このような段階に至つて本件土地の転用にかかる一切の事業を停止されれば、関係者は、永久に土地及び建物を利用することができず、計り知れない損害を被る。したがつて、本件停止命令は、農地法第八三条の二第一項の定める必要性の要件に欠けるものであつて、違法である。

5  よつて、控訴人は、本件停止命令及び本件取消処分の取消を求める。

二  請求原因事実に対する被控訴人の認否及び主張

1  請求原因1の事実は、認める。

2  同2の事実のうち、控訴人が昭和五一年三月二二日に本件第一土地の登記簿上の地目を田から雑種地に変更し、同年七月八日訴外会社に対してこれを売渡す契約を締結して、同年同月一五日訴外会社のために所有権移転登記をしたこと、控訴人がその頃本件第二土地につき訴外会社のために道路としての使用権を設定したこと、訴外会社が本件第一土地上に捺染工場を建築するべく同年一〇月頃その建築工事に着手し、同年中にはほとんどこれを完成して昭和五二年九月五日その保存登記を了したことの各事実は認めるが、その余の事実は否認する。

本件土地の道路用地又は宅地への造成工事は、訴外会社が昭和五一年九、一〇月頃に実施したものであつて、控訴人が同年二月ないし四月にしたものではない。

また、控訴人は、そもそも本件土地を農産物乾燥所及び同倉庫の敷地又はそれへの進入道路用地として使用する意思は持つておらず、当初からこれを宅地に転用するために第三者に売渡す意図であつたが、それでは容易に農地法第五条第一項の規定による許可が得られる見込みがなかつたところから、同項の規定による許可を潜脱するために、右の意図を秘して同法第四条第一項の規定による許可申請をして、本件転用許可を得たものである。

そして、以上のような事実関係の下においては、本件土地は、道路用地又は宅地への造成工事がされたとしても、未だ農地性を失つていないものと解すべきである。蓋し、そのように解しないと、同法第五条第一項の規定は容易に潜脱されることになるからである。

3  同3の事実は、認める。

4  同4の主張は、すべて争う。

本件土地は、山梨県南都留郡忍野村に集団的に広がる水田地帯の中にあつて、昭和一五年頃耕地整理事業により圃場整備事業の行われた農地である。そして、右忍野村の全域は農業振興地域の整備に関する法律第六条の規定に基づいて農業振興地域に指定されており、本件土地の周辺の土地はいずれも農用地区域に属している。したがつて、本件土地は、前記農地転用許可基準第一章第四「農地の区分」にいわゆる第一種農地に該当し、原則として転用が許可されないものであつたが、控訴人が申請書に記載した転用目的が農業用施設の建設にあり、農業経済の改善に資するものと認められたので、被控訴人は、本件許可条件を付したうえ、本件転用許可をしたものである。

しかしながら、控訴人は、前記のとおり、農地法第五条第一項の規定による許可を潜脱するために同法第四条第一項の規定による許可申請をして本件転用許可を得たものであり、同法第五条第一項の規定による許可を受けないで本件第一土地を訴外会社に売渡してそこに捺染工場を建築させ、また、本件第二土地について訴外会社のために道路としての使用権を設定したものであるから、被控訴人は、本件土地及び周辺土地の農業上の利用の確保などの公益と控訴人ら関係者の私的利益とを衡量したうえ、控訴人が同法第五条第一項の規定に違反しているとして本件停止命令をし、また、本件許可条件に違反しているとして本件取消処分をしたものである。

以上の次第であるから、本件停止命令及び本件取消処分には、なんらの違法もない。

第三証拠関係 <略>

理由

一  農地法第八三条の二第一項は、都道府県知事等は同法第四条第一項、第五条第一項等の規定に違反した者、同法第四条第一項、第五条第一項等の規定による許可に付された条件に違反した者等に対して右各規定による許可を取消し又は原状回復その他違反を是正するため必要な措置をとるべきことを命ずる等の処分をすることができるものとしているが、その趣旨が、農地の転用若しくは転用のための権利移動等についての所定の許可を受けないでされたいわゆる無断転用又はこれら許可に付された条件の違反がある場合において、都道府県知事等のする右のような処分により違反状態を是正して、当該土地を農地として保全しあるいは良好な農業環境を維持して同法の立法目的を達成しようとするにあることは、いうまでもない。そして、都道府県知事等は、同法第四条第一項の規定による許可をするに当たり、土地の農業上の効率的な利用を図る必要上、その利用関係を調整する等の目的を達成するために、右許可に条件を付することができ(同条第二項)、本件におけるように、当該農地の転用の目的を特定のものに限定する条件を付することもできることはいうまでもない。さらに、許可に付された条件に違反した場合には、その限りにおいて同条第一項の規定による許可を受けなかつたのと同様に取り扱われるべきものである。

そこで、先ず、本件において控訴人が同法の右規定又はそれら規定による許可に付された条件に違反したか否かについてみると、控訴人がその所有の農地である本件土地についてその主張のような同法第四条第一項の規定による転用許可申請をし、被控訴人が本件許可条件を付して本件転用許可をしたこと、控訴人が昭和五一年三月二二日に本件第一土地の登記簿上の地目を田から雑種地に変更し、昭和五一年七月八日訴外会社に対して本件第一土地を売渡す契約を締結して同月一五日訴外会社のために所有権移転登記をし、また、その頃本件第二土地について訴外会社のために道路としての使用権を設定したこと、訴外会社が本件第一土地上に捺染工場を建築するべく同年一〇月頃その建築工事に着手し、同年中にはほとんどこれを完成して、昭和五二年九月五日その所有権保存登記を了したこと、被控訴人が控訴人に対し控訴人が同法第五条第一項の規定による許可を受けないで本件第一土地を第三者に売買してそこに捺染工場を建築させ又は本件第二土地について訴外会社のために道路としての使用権を設定しているとして本件停止命令をし、また、控訴人が本件許可条件に違反しているとして本件取消処分をしたことの各事実は、いずれも当事者間に争いがない。

そして、<証拠略>によれば、控訴人は、昭和五一年二月頃から四月頃までの間に、本件土地に土砂等を搬入して、本件第二土地を道路用地とし本件第一土地を宅地とするための工事を実施したことを認めることができるが、農地法にいう「耕作の目的に供される土地」(同法第二条第一項)としての農地とは、現に耕作に供されている土地のほか、現在たまたま耕作の用に供されていなくても、少なくとも耕作に供され得べき状態にある土地をも含むのであつて、従前農地であつた土地に右のように土砂等が搬入されたとしても、その一事によつて直ちに当該土地が農地性を失うものではなく、このような場合における農地性の有無は、当該土地の所有者の意思や登記簿上の地目の如何にかかわらず、土地の事実状態に基づいて客観的に判断されるべきものであることはいうまでもない。しかして、<証拠略>によつて認められる本件土地及び周辺土地の状況に照らせば、本件土地は、昭和四四年頃までは水田として耕作されていたが、昭和四五年以降は米作生産調整事業の一環として休耕田となつていたものであり、少なくとも控訴人が本件第一土地を訴外会社に売渡す契約を締結した昭和五一年七月八日当時においては、本件土地は、なお耕作の用に供し得べき状態にあつたことが認められるのであつて、未だ農地性を失うには至つていなかつたものということができる。

したがつて、控訴人は、本件第一土地は農産物乾燥所及び同倉庫の敷地とし、本件第二土地は右農産物乾燥所及び同倉庫への進入道路用地とすることを条件として本件転用許可を得たにすぎないのに、本件第一土地を非農地として利用するために訴外会社に売渡し、また、本件第二土地については訴外会社のために非農地である道路としての使用権を設定し、訴外会社は、本件第一土地上に捺染工場を建築したのであるから、控訴人が同法第五条第一項の規定に違反したことは明らかである。

なお、<証拠略>によれば、控訴人は、当初、昭和五〇年六月一五日付で被控訴人に対して本件第一土地につきこれを賃貸住宅敷地とすることを転用目的として農地法第四条第一項の規定による許可の申請をしたのであつたが、それでは許可が得られないことが判明するや、右申請を撤回して、右同日付で先に認定したとおりの申請をし直したものであることが認められ、このような迂余曲折を経て本件転用許可を得るや、約半年余を経ない時点で未だ農地性を失つていないと認められる本件土地を訴外会社に売渡すなどしているのであるから、このような経緯に鑑みると、被控訴人の主張するように、控訴人には当初から本件土地を農産物乾燥所及び同倉庫の敷地又はそこへの進入道路用地に転用する意思はなく、これを非農地としたうえ又は非農地に転用するために第三者に売渡す意図であつたにもかかわらずこれを秘し、同法第五条第一項の規定による許可を潜脱する目的で同法第四条第一項の規定による許可を得たものであることが窺われなくはないけれども、仮にしからずして、控訴人は、当初は本件土地を農産物乾燥所及び同倉庫の敷地又はそこへの進入道路用地に転用する意思を有していたが、後に計画を変更してこれを訴外会社に売渡すなどしたものであるとしても、いずれにしても控訴人が同法第五条第一項の規定に違反したことになる結論に変わりはない。

二  ところで、控訴人は、訴外会社に対する本件第一土地の売渡し又は本件第二土地の使用権設定の当時、これらの土地は既に農地ではなくなつており、農地法の適用を受けるべき土地ではなかつたのであるから、右の売渡し又は使用権設定について同法第五条第一項の規定による許可を必要とする限りではなく、したがつて、控訴人は右規定に違反していないと主張し、あるいは、控訴人が本件土地をひとたび適法に非農地とし、その主要部分である本件第一土地を訴外会社に有効に売渡した以上、もはや控訴人について本件許可条件への違反を問擬する余地はなく、控訴人には本件許可条件への違反もないと主張する。

しかしながら、本件土地が右の当時未だ農地性を失つておらず、同法第五条第一項の規定に違反したものと解すべきことは先にみたとおりであつて、所論はその前提を欠くばかりか、仮に控訴人が本件土地を適法に非農地に転用したうえで本件土地を訴外会社に売渡すなどしたものであるとしても、そうとすれば、控訴人の右所為は本件転用許可に付された本件許可条件ひいては同法第四条第一項の規定に違反することとなることは、明らかである。そして、被控訴人が同法第八三条の二第一項の規定に基づく処分をするについて、控訴人が同法第五条第一項又は第四条第一項のいずれの条項に違反したかはなんら差異をもたらすものではないから、そのいずれであるかによつて本件取消処分及び本件停止命令の適否を左右するものではない。

すなわち、同法第四条第一項の規定による転用目的の条件付の許可を受けた者がその条件とされた目的に当該農地を転用することなくこれを農地以外の土地に転用するために第三者に譲渡するなどした場合には、その者は、その譲渡等の当時、当該土地が既に農地でなかつたときは当該許可条件ひいては同法第四条第一項の規定に違反したものとして、また、なお農地であつたときは同法第五条第一項の規定に違反したものとして、いずれもその責任を免れないところである。この場合において、当該土地を譲受け又は使用権の設定を受けた第三者が私法上その所有権又は使用権を有効に取得することがありうるとしても、右規定の違反の有無と右規定に違反した法律行為の私法上の効力の有無とは自ずから別個の問題であつて、その効力いかんによつて右許可条件ひいては同法第四条第一項の規定又は同法第五条第一項の規定の違反の有無に消長を来たすものではないし、また、当該農地が農地性を失いあるいは第三者がその所有権又は使用権を有効に取得した後においても、都道府県知事等が同法第八三条の二第一項第一号又は第二号の規定に基づいて当該許可を取消し又は違反を是正するため必要な措置をとるべきことを命ずることができなくなるというものでもない。このことは、農地の所有者が同法第五条第一項の規定による許可を受けないでこれを非農地に転用するため第三者に譲渡し、第三者がこれを非農地に転用しさらに又右許可に付された条件に違反した場合、右第三者が非農地に転用した時において私法上有効にその所有権を取得するにもかかわらず、同法第八三条の二第一項第一号は、都道府県知事等がその違反を是正するため必要な措置をとるべきことを命ずることができることを規定していることからも、当然肯定されるものであつて、むしろ、これらの場合において、第三者が有効に当該土地の所有権等を取得したとしても、当該土地を農地として保全しあるいは良好な農業環境を維持する必要がある場合においては、既成の違反状態を放置すべきではなく、同項の規定の趣旨を貫くために必要な措置をとるべきものと解すべきである。

控訴人の右主張は、同法第四条第一項又は第五条第一項の規定の違反の有無と右規定に違反してなされた法律行為の私法上の効力の有無とを混同するか、農地が農地性を失つた後においては都道府県知事等は同法第八三条の二第一項の規定による処分をなしえないことを前提とした独自の議論であつて、採用することができない。

三  次に、控訴人は、本件第一土地の所有権は訴外会社が有効に取得し、そこで捺染工場を建築して事業を行おうとしているのも訴外会社なのであるから、控訴人に対し本件土地の転用にかかる一切の事業を停止すべき旨を命じた本件停止命令には、本件土地の転用にかかる事業の事業主を誤認した違法があると主張する。

ところで、控訴人が本件第一土地を訴外会社に売渡す契約を締結した昭和五一年七月八日当時においては、本件土地が未だ農地性を失うには至つていなかつたものと解すべきことは、先にみたとおりであるが、訴外会社は、その後、本件第一土地上に捺染工場を建築するべく同年一〇月頃その建築工事に着手し、同年中にはほとんどこれを完成したというのであつて、これによつて本件土地が農地性を失い、訴外会社が私法上有効にその所有権を取得したものと解しうるし、また、本件停止命令後の事実関係の変動又は日時の経過によつて同様の結果を招来することもあり得るところである。

しかし、本件土地が農地性を失いあるいは訴外会社がその主要部分である本件第一土地の所有権を有効に取得した後においても、被控訴人は、必要があると認めるときは同法第八三条の二第一項の規定に基づく処分をすべきものであることは、先に説示したとおりである。

そして、以上に説示したとおりの本件の事実関係に徴すれば、本件取消処分及び本件停止命令は、本件土地において捺染工場を建築して事業を行おうとしているのが訴外会社であることは当然の前提としたうえで、先にされた本件転用許可を失効せしめ、控訴人に対して本件土地を農地利用以外の目的に供する一切の行為をしてはならない旨の不作為を命ずるものであり、控訴人としてなしうべき本件土地の非農地への転用に向けられた一切の作為を禁ずるものに過ぎないことは明らかであつて、控訴人に対して訴外会社による捺染工場の操業を停止させ又は右工場を撤去し若しくは訴外会社をして撤去させるべきことまで命じているものではないことはいうまでもない。そして、仮に本件土地が既に農地性を失い、訴外会社がその所有権等を取得している場合であつても、控訴人は、本件第一土地を訴外会社へ売渡し、本件第二土地について訴外会社のために道路としての使用権を設定して、同法第五条第一項の規定の違反を犯しているのであるから、このような場合、被控訴人としては、かかる違反状態を放置することなく、控訴人に対して、本件土地を農地利用以外の目的に供する一切の行為をしてはならない旨を命じ得ることはいうまでもなく、契約解除等によつて本件土地の所有権等が控訴人に復することもあり得ないことではないから、これを全く実効性を欠く無意義なものということもできない。

したがつて、本件停止命令には所論のような事実の誤認がないのはもとより、これを控訴人に対して不可能なことを命じているもの又は一義性を欠き命令内容が不明確なものともいうことはできず、その他これを違法とすべき理由はない。

四  さらに、控訴人は、本件取消処分及び本件停止命令は農地法第八三条の二第一項所定の必要性の要件に欠け、違法であると主張する。

もとより、都道府県知事等は、土地の農業上の利用の確保及び他の公益並びに関係人の利益を衡量して、特に必要があると認めるときに、その必要の限度においてのみ、違反を是正するため必要な措置をとるべきことを命ずる等の処分をなしうるものである(同法第八三条の二第一項)。しかしながら、同法第八三条の二第一項所定の関係法条の規定の違反があつた場合、いかなる内容の処分をなすべきかは、当該土地の農地としての保全の必要性その他の政策的事項にかかるのであるから、その判断は専ら都道府県知事等の裁量に委ねられているものと解すべきであつて、都道府県知事等がその裁量権の範囲を超え又はそれを濫用した場合に始めて当該処分は違法ということができるものというべきである。

そして、<証拠略>を総合すると、本件土地は、山梨県南都留郡忍野村に集団的に広がる約九三ヘクタールの水田地帯の中にあつて、昭和一五年頃耕地整理事業により圃場整備事業が行われたところであること、その後、忍野村の全域は、農業振興地域の整備に関する法律第六条の規定に基づいて農業振興地域に指定され、同法第八条の規定に基づいて昭和四九年三月に策定された農業振興地域整備計画によれば、本件土地は農用地区域から除外されているものの、その周辺の土地は農用地区域とされていること、本件土地において捺染工場の操業が開始されれば、近隣の農地の農業環境の悪化を招くおそれがないとはいえないことの各事実を認めることができ、これら事実に前判示の事実関係を併せ勘案すると、確かに本件取消処分及び本件停止命令によつて控訴人又は訴外会社が事実上ある程度の損害を被ることがあり得るものと考えられるものの、それだけでは未だ被控訴人がその裁量権の範囲を超え又はそれを濫用して本件取消処分及び本件停止命令をしたものと認めるには足りず、他にこれら処分を違法とするに足りる証拠はない。

五  以上のとおりであるから、控訴人が本件停止命令及び本件取消処分の違法事由として主張するところはいずれも失当であり、その他右各処分を違法とすべき理由を見い出すことはできない。

そうすると本件停止命令及び本件取消処分の取消を求める控訴人の本訴請求は理由がなく、これを排斥した原判決は正当である。

よつて、本件控訴は、理由がないから、これを棄却することとし、控訴費用の負担については行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第九五条及び第八九条の各規定を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 香川保一 越山安久 村上敬一)

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